先生は電話取材だというのに、一旦受話器から離れ、どこかからガラガラガラと音を立ててホワイトボードを引っ張ってきたらしかった。そしてまた受話器を取った。微かに、ビシィッとホワイトボード上を指す音も聴こえる。
先生、電話越しなんで見えません…。
先生「いいですか。あなたは先ほど、今まで1日1箱以上のペースで喫煙してきたとおっしゃった」
私「ハァ」
先生「喫煙年数を考えても、あなたの場合1日で体内に取り込まれる有害物質の量がすでに脳にインプットされていると思われます。つまりこれくらい」
ビシィッ。
先生「だから今さら本数を減らしたところで、脳は習慣化された、今までと同等量の有害物質を吸収しようとします。だから本数を1~2本に減らしたところで、同じことなんです。その1~2本から最大限の有害物質を搾り取ってしまうんです。結果、こういうことになります」
ビシィッ。
先生「ですから、いじましく1~2本だけ吸い続けるとか、はっきり言って意味がありません。禁煙は、やるかやらないか。黒か白か。ゼロかサムか」
ビシィッ。アーンド、ゴシゴシゴシ(たぶん、棒の先で資料の一部分をくるくる囲んでいる音)
資料が見えん…しかも怒られとる。 その後もすぐに電話を切ること叶わず、先生はヘビスモ・ダメライターのために延々と講義を続けられた。おかげで私は、質・量ともに当初見込んでいた以上の情報を得たばかりでなく、先生の正義感あふれる熱弁に良い意味で洗脳されたのであった。
その証拠に、取材が終わり、めまいを感じながら電話を切った後、人生で初めて「タバコをやめようか」と思い始めていた。いかん。禁煙しなくては、ダメ人間である。
何かを我慢する、というストイックな行為には、取り組む前から抵抗を感じる。自信も、無い。しかし相変わらずプカプカプカプカと吸い続けていながらも、あのエキセントリックDrのおかげで、「どこかで喫煙ライフに終止符を打たなくては」という強迫観念にとりつかれていた。
そして、取材後1週間も経たないうちに送られてきた写真資料を見て、私は禁煙への意志をさらに強くしたのであった。
A4サイズの大きな写真が10枚ほど。ヘビースモーカーの妊婦から産まれた低体重の赤ちゃん。肺ガンで亡くなった人の真っ黒な肺の断面。心無い飼い主の副流煙を吸い続け肺ガンで死んだ犬。その遺体の悲しげな横顔と眼差し。