私は当時まだ独身だったが、元々無類の子ども好き、動物好きだった。30歳目前で結婚の相手も決まっていなかったのだが、いつか絶対自分の子どもが欲しい…と密かに願っているクチだった。
そして、次こそ禁煙を成功させるためにも、自分以外の愛しい何かのために頑張るよう、仕向けていけばいい。当時の私にとっての、一番の恐怖。それは、自分自身のガンのリスク、生命の危険などではなかった。
喫煙という自分の愚かな行いが、将来の自分の子どもの心身を傷つけてしまうかもしれない、という恐怖。赤ちゃんは、自分にとって害のある物事に「No」と言えない弱者である。自分もいつかは親となる以上、自分の心の弱さゆえの「喫煙」という病気に、彼ら弱者を巻き込んではいけない。
もっともっとリアルにイメージしなければ。
自分のエゴで、無垢な赤ちゃんの心と体が蝕まれるとしたら??産まれてくる子の、成長に問題があったら??心機能、肺機能に問題があったら??
禁煙ダイヤルからもらった、あのちょっとグロテスクな写真を取り出してはちょくちょく眺めて、私は必死に自分の脳に問いかけた。そしてイメージしてみた。イメージトレーニングとニコレットの併用である。
ニコレットの使い方は失敗した最初の時と同じ。それでも何かが違っていた。
以前は、どうせ自分1人の体なのだから、という半ばやけっぱちな甘えがあった。しかしリアルに出産ということを考えてみると、自分1人の体なんかではないのだ。これは、男性も同じだと思う。(女性の方が自分の胎内で胎児が成長していくぶん、実感はわきやすいけれど…)
また、自分の子どもに限らず、自分の放つ副流煙が周囲の人々に及ぼす悪影響。感じさせてしまう不快感。それを本気で考える。一度目とはあきらかに違う姿勢で、私はニコレットを使用し、禁煙にトライすることが出来ていた。
それでも時に「吸いたい」「今焦って禁煙しなくても…」という甘えが生じる。そんなとき、喫煙の誘惑から救ってくれたのは、あのエキセントリックDrの決めゼリフだった。
「禁煙してから、体内の有毒物質が完全に対外に排出されるまでに1~2年はかかるといわれています。つまりですね。女性の場合妊娠を希望する2年前には禁煙しておけば、赤ちゃんに何らかの悪影響を与えるリスクは回避できるわけです」。
サンキュー、先生。私ももうそろそろ産みたいからね。
先生のその言葉を呪文のように唱え、ニコレットの力も借りて、1年がかりの禁煙トライは、やっとやっと終了したのだった。最後のトライはわずか2ヵ月と少し。5箱まとめ買いしたニコレットはかなり余ってしまい、それを数年後に結婚する夫が使用することになる。